シーサー — 屋根の守り神
獅子に似た一対の像。口を開けたシーサーは魔を払い、口を閉じたシーサーは福を逃さない。琉球王国時代に中国から伝わったとされます。
祭祀、供物、喪、料理、親族、系図まで — ウチナーの継承文化を一つの場所に。
御願は種類ごとに時期・ヒラウコーの本数・紙・供物・唱える言葉が決まっています。以下、種類別にまとめました。
沖縄の板状線香。1枚=6本、半枚=3本、タヒラ=2枚=12本。
手で(刃物を使わず)ちぎった白紙。神様(ヒヌカン・地主神・海神)へ。
銭型を打った黄色の紙銭=あの世のお金。先祖へ、奇数枚で。
水(ウビー)三つと粗塩で場を清めてから拝みます。
| 御願 | ヒラウコー | 意味 |
|---|---|---|
| 日々のヒヌカン | ヒラウコー半枚(3本) | 台所のヒヌカンへの日常の祈り。 |
| ヒヌカン 朔日・十五日 | ヒラウコー1枚(6本) | 月2回の正式な祈り。 |
| 仏壇・先祖 | タヒラ(12本) | 12ヶ月を表す先祖供養の基本数。 |
| 御嶽・神々 | タヒラ半(15本) | 土地・海・山の神、ウンガミ、ハチウガミなど。 |
| 葬儀・四十九日 | ヒラウコー3枚(18本) | 故人の魂を彼岸へ送る。 |
| トゥシビー・祝事 | ヒラウコー1枚(6本) | 長寿と加護への感謝。 |

ウンガミ(海神祭)は沖縄本島北部、特に塩屋・安田・辺土名で受け継がれる最も神聖な祭祀の一つ。海の神に豊漁と航海安全を祈ります。
両者は別物ですが関連しています。御願は祈り全般のカテゴリ、ウンガミはその中の特定祭事です。
| — | 御願 | ウンガミ |
|---|---|---|
| 意味 | 御願は沖縄のあらゆる祈り全般 — 家・墓・御嶽・台所など、祈る行為そのもの。 | ウンガミは特定の祭祀 — 沖縄北部の集落で年1回行う海神への集団祈祷。 |
| 執行者 | 家族の誰でも(主に女性年長者)。ヒヌカン・仏壇・墓前で。 | ノロ(神女)が司祭。集落全員が参加。 |
| 時期 | 日常的:毎日・朔日十五日・年中行事・家族のイベント時。 | 年1回 — 旧暦7月初亥(新暦7〜8月)。 |
| 場所 | 台所・仏壇・墓・御嶽・どこでも。 | 海岸と集落の御嶽(塩屋・安田・辺土名)。 |
| 目的 | 多目的:加護・先祖供養・健康・感謝・願掛け。 | 特定目的:海神への感謝、豊漁と航海安全。 |
| まとめ | 御願=祈る「行為」 | ウンガミ=特定の「祭事名」 |
御願ごとに名称・目的・ヒラウコーの本数・使う紙が決まっています。
台所のヒヌカンへの日常祈り。家内安全。
仏壇での先祖供養。日常と行事日。
4月、一族で墓を清め供物を捧げる。
ウンケー・ナカビ・ウークイの3日間。
屋敷の地主神への御願。年3回。
13・25・37・49・61(カジマヤー73・85・97)歳の長寿祝い。
集落の年1回の祭祀(旧暦7月初亥)。
故人の魂を彼岸へ送る。
何世紀も語り継がれ、今も家々や祭り、ウチナーンチュの心に息づく物語。
獅子に似た一対の像。口を開けたシーサーは魔を払い、口を閉じたシーサーは福を逃さない。琉球王国時代に中国から伝わったとされます。
ガジュマルの古木に住む赤髪の小さな精霊。漁師と仲良く魚の目玉が大好物。タコと人のおならが大の苦手。
天命を受けて降臨し、琉球の島々を造り五穀を伝えた女神。沖縄の祖神として斎場御嶽で祀られています。
琉球王国の象徴である龍は海と首里城を守る存在。城門・龍樋・正殿の欄干などに姿を残しています。
宮古の海で捕えられた人魚が津波の到来を告げ、信じて高台へ逃げた者だけが助かったという、明和の大津波の伝承。
「命こそ宝」。琉球最後の王の言葉とされ、沖縄戦を経て平和の哲学として今も人々の心に響いています。
豚バラを醤油・泡盛・黒糖でとろとろに煮込む。
ウチナーンチュが代々受け継ぐ伝統行事。
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1945年4月1日から6月22日まで、沖縄は史上最大の上陸戦・太平洋戦争最後の大規模地上戦の舞台となった。その後の沖縄は永遠に変わり、今日の沖縄の姿を形作る出来事となった。
日本は沖縄が本土侵攻の足がかりになることを知り、10万人以上の兵力を投入して必死の防衛を展開。沖縄出身の未成年者や学生も徴用された。米軍は数日での制圧を想定したが、82日間の激戦となった。
砲撃・艦砲射撃・市街戦でほぼ全てのインフラが破壊された。500年の歴史を持つ首里城も瓦礫と化した。住民は人間の盾として利用され、壕から追い出されて攻撃下に晒された。飢餓・病気・集団自決で人口が激減した。
米軍が沖縄本島西海岸に上陸。82日間の激戦が始まる — 太平洋戦争最後の大規模地上戦。
琉球王国の政治中心・首里での激しい市街戦。首里城が破壊される。住民は壕から追い出され、交戦下で多数の犠牲者が出る。
牛島満司令官が南部で自決。日本政府は沖縄を「平定」と発表するが、局地戦は続く。この日が現在の沖縄慰霊の日となる。
広島・長崎の原爆後、日本が降伏。沖縄は1972年まで27年間、米軍政下に置かれる。
沖縄民の4分の1が犠牲になる。一家全滅も多数。日本軍の宣伝で「米兵に捕まると殺される」と煽られ、集団自決した家族も少なくなかった。
伝統家屋、寺社、琉球王国の文書、各家の系図(家譜)など、何世紀にもわたる物質的記憶のほとんどが焼失・消滅した。
日本政府からの即時援助なき中、沖縄の人々はゼロからの復興を始める。この時期にブラジル・ペルー・ボリビアへの大量移住が始まる。1972年の本土復帰までゆっくりと回復していった。
現在、世界には約42万人の沖縄県系人がいます。移民の波は3回:戦前(1899〜1938年)、戦後(1948〜1964年)、本土復帰後の出稼ぎ(1972年〜)。
沖縄は当時日本で最も貧しい県でした。1899年、「沖縄移民の父」当山久三(とうやまきゅうぞう)が26名を率いてハワイへ。続いてフィリピン、ニューカレドニア、ペルー(1903年)、メキシコ、アルゼンチン、ボリビアへ。1908年6月18日、笠戸丸がブラジル・サントス港に到着。乗船した日本人移民781名中325名が沖縄県人。1938年までに約7万2千人が沖縄を離れました。
協会と最も関係が深いのがこの波。戦後の沖縄は米軍政府(USCAR)統治下にあり、住宅の9割が破壊され、食糧難・基地接収・人口過剰に苦しんでいました。USCARと琉球政府は「社会的な安全弁」として移民を奨励し、「計画移民」として家族単位でブラジル(主にサンパウロ)、ボリビア(1954年設立のコロニア・オキナワ)、アルゼンチン、ペルーへ送出。約1万7千人が渡り、その75%が南米へ向かいました。
1990年の入管法改正で日系3世まで日本での就労ビザを取得可能に。多くの日系ブラジル人(沖縄系を含む)が愛知・静岡・三重・群馬・神奈川などの工場で働くため一時帰国。現在、約5万人のブラジル人が在住し、当協会とも深く繋がっています。
世界最大のコミュニティ。サンパウロ、カンポグランデ、ブラジリア。
ハワイ(1899年)、カリフォルニア、ワシントン。
1903年から。リマ。
サンタクルス州コロニア・オキナワ第1〜第3。
ブエノスアイレス。
カナダ、メキシコ、フィリピン、ニューカレドニア、欧州。
渡航先各国でウチナーンチュは「沖縄県人会」を設立。仕事・住居の世話、ウチナーグチ・三線・エイサー・祭祀(ウンガミ、シーミー)の継承を支えてきました。ブラジル沖縄県人会は1926年に設立され、現在50以上の地方支部があります。1990年からは5年に1度沖縄で「世界のウチナーンチュ大会」が開催され、2022年には30か国が参加。

沖縄戦(1945)後、人口の約4分の1が死亡し農地は米軍基地となり飢餓が蔓延。1948年に日本政府が移民再開、米軍統治下の沖縄は1952年から組織的に対伯移民を送り出した。
1952〜1972年に約2万人の沖縄県人が来伯。サンパウロ(ヴィラ・カラン、カーザ・ヴェルデ)や内陸の農業移民地(アリアンサ、バストス、プロミッソン、後のマット・グロッソ・パラー州)に定住。
戦後初の日本船による対伯移民輸送。最初の沖縄戦後移民を運んだ。
オランダ船。那覇から約400名の沖縄移民を直接輸送。米軍統治下の組織的戦後移民の本格開始。
オランダ船。数百名の沖縄移民を輸送。シンガポール・ケープタウン・リオ経由の約50日間の航海。
大阪商船所属。喜望峰経由の伝統航路。1950年代後半の沖縄移民の主力船の一つ。
戦後移民の代表的な船。1954年大阪商船建造、対伯航路専用。1973年まで24回就航。多数の沖縄移民を輸送。
ぶらじる丸の姉妹船。1972年まで南米航路に就航。移民船時代の終焉を象徴。以降は航空機輸送に。
組織的移民時代末期の船。USCAR(琉球列島米国民政府)補助の最終期沖縄移民を輸送。

「石敢當」と刻まれた石板。塀の角・丁字路・突き当たりに設置される、沖縄の風景を象徴する魔除けの一つ。
マジムン(魔物)は直進しか出来ないとされ、丁字路や行き止まりで家に入り込みやすい。石敢當はその通り道に置き、邪気を受け止めて祓う役割を持つ。
中国(唐代)発祥で、琉球王国時代に福建省経由で沖縄へ伝来。伝説の武人「石敢當」に由来するとされる。
沖縄は日本一石敢當が多い地域(1万基以上)。塀の角・膝の高さ・道路に面して設置されているのが目印。

沖縄の家や集落・寺社を守る獅子の像。ウチナー文化を象徴する存在で、屋根や門、角地に鎮座している。
口を開けたシーサー(あげー)は悪霊・邪気を追い払う。口を閉じたシーサー(みぐー)は福と良い気を家の中に留める。一対で守りと招きを担う。
中国から琉球王国時代に伝来し、沖縄の信仰と融合して独自の発展を遂げた。本土の狛犬とは異なり、表情が豊かで色付きが多いのが特徴。
赤瓦屋根の上、伝統家屋の門前、飲食店や商店の前、そしてお土産のミニ版まで。集落ごとにシーサーの表情や色遣いが異なるのも魅力。

御願(うがん)は沖縄の祈りの形 — 神々・ヒヌカン・先祖・土地と海の精霊に祈ります。場面ごとに供物・数・時期が決まっています。
沖縄独特の黒い板状線香。1枚=日本線香6本分。沖縄の御願の基本。
通常の日本線香。ヒラウコーがない時に使用。本数で数えます。
ヒラウコー2枚=12本分。先祖供養の基本(12ヶ月)。
| 御願 | 本数 | 意味 |
|---|---|---|
| 日々のヒヌカン | ヒラウコー半ヒラ(3本) | 台所のヒヌカンへの日常の祈り。 |
| ヒヌカン朔日・十五日 | ヒラウコー1枚(6本) | 月2回の正式な祈り。 |
| 仏壇・先祖 | タヒラ(12本) | 12ヶ月を表す先祖供養の基本数。 |
| 御嶽・神々 | タヒラ半(15本) | 土地・海・山の神、ウンガミ、ハチウガミなど。 |
| 葬儀・四十九日 | ヒラウコー3枚(18本) | 故人の魂を彼岸へ送る。 |
| トゥシビー・祝事 | ヒラウコー1枚(6本) | 長寿と加護への感謝。 |
あの世の紙銭。円形の刻印が押された黄色の紙。御願の最後に燃やし、ご先祖様にお金を届けます。
清明祭・旧盆・トゥシビー・新築祝いなど先祖への重要な御願。1人につき3枚など奇数枚が一般的。
3つ折りにし、金属の器(カビバーチ)で泡盛をかけて燃やす。口で吹き消さない。
手でちぎった白い和紙(ハサミ厳禁)。神様への捧げ物で、先祖用ではない。
ヒヌカン・御嶽・地主神への御願、新築・旅立ち・開業前など。通常3片。
御願の場に供える。祈りの後、燃やすか聖木の根元に埋める。

ヒヌカンは家庭の火の女神 — 家内安全の守護神であり、家と天の神々をつなぐ存在。台所のかまどの近くに祀られ、沖縄の伝統的な家庭には必ず祀られています。
本来は母から長女へ受け継ぐ(分け御願)が、新しく祀る家庭も多い。台所のコンロ右側、火より高い清潔な棚に祀る。
| 日時 | 内容 |
|---|---|
| 毎朝 | お水を替え、一日の感謝。 |
| 旧暦朔日 | 正式御願:ヒラウコー1枚・シルカビ3片・泡盛・果物。 |
| 旧暦十五日 | 朔日と同じ。半月の家内安全祈願。 |
| 旧暦12月24日 | ヒヌカン上天 — 一年の報告のため天へ。台所大掃除。 |
| 旧暦1月4日 | ヒヌカン下天 — 新しい水・塩・米・泡盛で迎える。 |
| 旅・引越・結婚・出産前 | 特別御願で加護を願う。 |
沖縄の信仰では「神の世界」と「あの世(先祖の世界)」は別の領域。それぞれ通貨も言語も異なるため、紙を使い分けます。
あの世の通貨。円形の刻印が紙幣。燃やすと煙となってご先祖様にお金が届き、あの世での生活費(借金返済・食事・衣服)になります。
なぜ金色: 金を模した色 — 富と豊穣の象徴。先祖専用で、神々には使いません(神は金銭を必要としない)。
神様との「証文・契約書」。手でちぎる(ハサミは神縁を切る)。絶対的な清浄さと、人と神との約束の証。
なぜ白: 白は神道・琉球信仰における神聖と清浄の色。神々(ヒヌカン・御嶽・地主神・海神)への約束と願いを封じる。


沖縄で先祖を最も大切にする2大行事。旧盆は先祖が家に帰る日、清明祭は家族が墓に行く日。どちらも悲しみではなく祝いの場です。
先祖の魂を3日間家に迎え、感謝と加護を願う。生者と死者の絆を深める沖縄最大の年中行事。
旧暦7月13–15日 — 新暦では8月中旬〜9月上旬。2026年は8月24–26日頃の見込み。
ご先祖様を家に迎える日。仏壇を清め、ウンケージューシー(豚と椎茸の炊き込みご飯)を供える。玄関に灯りをともし魂を導く。
親戚回りの日。本家・年長の家の仏壇を訪ね、果物・菓子・泡盛などの供物を持参。仏壇には3食お供え。
1年で最も重要な夜。一族が仏壇に集合。重箱(7品または9品)を供え、深夜に大量のウチカビを焚いてあの世へ送る。エイサーが街を練り歩く。
一族(門中)で墓を訪れ、清掃と供物、墓前ピクニックを行う。一族の絆を強め、先祖に近況を報告する。
清明(4月5日頃)から次の節気「穀雨」(4月20日頃)まで約15日間。家族は期間内の日曜を選ぶ。2026年は4月5〜19日。
1墓につきタヒラ・分家ごと1枚追加。
家族1束 — 金属器で泡盛と共に焚く。多いほど先祖が豊かに。

ビンシーは黒漆塗の木箱で、御願に必要な供物一式を収納する携帯祭具。御嶽・墓・親戚宅へ持ち運ぶ「御願セット」。家代々受け継がれます。

琉球王国の都・首里には最も神聖な御嶽が集中。それぞれに伝統的な「ご利益」があり、健康・金運・勝負・子宝などを願います。一巡を「首里御願廻り」と呼びます。
守礼門前。琉球国王が旅立ち前に必ず拝んだ場所。今は旅・引越・出張前の参拝に。世界遺産。
首里城内、神が自ら創ったとされる最高位の御嶽。出世・昇進・家運隆盛。
首里城内、王統の子孫繁栄の御嶽。子宝祈願・安産。
首里東方の聖なる丘、那覇随一の高台。健康・病気平癒の拝所。那覇市街を一望。
干ばつ時に国王が雨乞いした御嶽。今は農業・実りの祈願に。
琉球八社の一つ。長寿・先祖の安らぎ・家族の加護。
琉球八社の一つ、勝負の神・八幡。試験合格・競技勝利・難関突破。
行事別リスト
没後の儀礼
1日
通夜 — 線香を絶やさない。
49日
四十九日 — 魂が旅立つ日。重箱を供える。
1年
一年忌 — 一周忌法要。
3年
三年忌 — 親族で法要。
7年
七年忌。
13年
十三年忌。
25年
二十五年忌。
33年
三十三年忌 — 最終法要、神となる。
地域を知る
国頭 (北部)
やんばるの森、名護、本部、大宜味(長寿の村)。
家族の呼び方
質問 1/2
家族がよく話す沖縄の市町村は?
コミュニティを支える
Restaurante Okinawa (SP)
飲食 · São Paulo
Mercado Yamaguchi
食材店 · São Paulo
Awamori Brasil
酒類 · São Paulo
Kariyushi Wear
アパレル · São Paulo
登録は理事会まで。
コミュニティの記憶
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